料理と器

HULS Gallery Singaporeの事業の柱の一つは、レストランへのテーブルウェアの販売である。陶磁器、漆器、ガラス、木工品など、各メーカーの既成品の販売はもちろんのこと、時にはカスタムメイドにも対応し、現地のファインダイニングのシェフを中心に、販路を広げている。

こうしたレストラン向けの展開は、有田焼の窯元・李荘窯の寺内さんとの出会いから始まる。2017年3月に企画をした工芸展示会「Artisan – Beyond Craft」の際に、寺内さんは自らシンガポールを訪れてくれ、海外でもレストラン向けの展開を行っていきたいという大きな構想を聞かせてくれた。これを機に、寺内さんとは、シンガポール、東京、ミラノ、サン・セバスチャンと、様々な土地で食事を共にすることになり、自分自身も、料理と器についての想いを強くしていくこととなった。

料理と器の関係性について考えた際、最も重要になるのが食文化の違いだ。例えば、香港では、プレートではなくボウルが多用されるので、お皿の形状を得意としたメーカーにはあまり展開をおすすめできない。逆に、欧米では、お椀を使うことが少ないので、欧米人からは日本人に馴染み深い漆器のお椀は使い方がわからないと言われる。

こうした違いはあれど、食はそれぞれの土地で食してみればわかることなので、そのほかの文化的な違いよりは、理解がしやすい。また、和食はアジア各国では、絶大な人気があり、現地の和食レストランに焦点を当てた展開でも、十分に可能性があるのではと考えた。HULSの取り扱っていた工芸品にテーブルウェアが多かったこともあり、海外のレストラン向け展開というのは、工芸の出口として重要な切り口となっていった。

日本では、料理人は「職人」と呼ばれる。工芸の世界と同じく、日々精進して修行をすることで、高度な技術を身につける専門職ということなのであろう。「食の職人」と「工芸の職人」を繋げるには、私たち自身も器のプロフェッショナルでなくてはならず、テーブルコーディネートや食事の作法など、様々な知識を吸収し続けなければならない。現在では、様々なシェフと会話をできるようになったが、工芸を通じて、普段では見ることのできなかった食の世界に踏み込むことができたことは、自分の暮らしにとっても大きな変化になったように思う。

すべての料理に、高級な器が必要なわけではないが、そうかといって器なら何でもいいというわけでもない。食事というのは、料理の味はもちろんのこと、目で見たり、器に触れながら、全体を味わうことのできるものでもある。自分自身も、こうして工芸についての学びを得たことで、料理と器が見事に溶け合った瞬間に出会うと、ひとときの幸せを感じることができるようになった。

高級な食事は確かに贅沢なものではあるが、2時間を大切な人とゆっくりと過ごす時間はプライスレスである。そんな中に、私たちが扱う工芸品があったらと願うことは、今の自分自身の原動力の一つにもなっている。